ルヌガンガ
その言葉には、力強さと神秘的な響きを感じる。
シンハラ語で「塩の川」を意味するらしい。
それは、偉大な建築家ジェフリー・バワが週末を過ごした別荘につけた名。
長い歳月をかけて築かれ、未完の理想郷とも呼ばれる。
うだるような暑さの中、僕はその地を訪れた。
太陽が鋭く照りつけ、肌が焦げるようだ。
噴き出す汗が頬を伝い落ちる。
塩の川とは、まさにこの生理現象を指しているのではないかとさえ思う。
しかし、木々に囲まれた大きな門をくぐると、空気が変わった。
暑さは変わらないはずなのに、不思議と和らいだように感じる。
それは、寺院に足を踏み入れたときの感覚にも似ていた。
緩やかな小道を進むと、最初の建物が姿を現す。
ルヌガンガは、広大な敷地に点在するいくつもの建物で構成されている。
だが、ここでの主役は建築ではない。 自然そのものなのだ。
白い衣をまとったガイドが現れる。
その姿はまるでこの聖域を守る神の使いのようだ。
彼の言葉に導かれながら、静かに敷地を巡る。
敷地を一巡したのち、バワが多くの時間を過ごした母屋に裏口から入り、そのまま正面口のテラスへ抜けると、まばゆい日差しに思わず目を細める。
光に慣れると、視界が一気に開けた。
雲ひとつない青空が広がり、 小さな丘、その先に湖、 さらに向こうの森までもが見渡せる。
ここは楽園なのだろうか。
何かに呼ばれるように、庭を歩き、小さな丘を登る。
「この丘はシナモンヒル。 ここに、バワが眠っています。」
ガイドの声に振り返る。
見上げると、丘に立つ大きな木。 その根元には、小さな石碑。
バワの遺灰は埋められたのではなく、 この丘の風とともに散らされたのだという。
そっと目を閉じる。
すると、心地よい風が流れ、 ふわりと僕の周りを舞う。
——バワが風となって戯れている。
そう思ったのは、 旅の前に読んだ『マーリ・アルメイダの七つの月』の影響かもしれない。
ずっとここに佇んでいたい。 だが、去らねばならない。
楽園に別れを告げ、車に乗り込んだその瞬間—— 快晴だった空が、突如として暗転した。
猛烈なスコール。
バワが、最後の挨拶をしてくれたのだろうか。
このエッセイの舞台になったホテル
コメント